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ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや! (by UFO先生)
環濠集落(かんごうしゅうらく)とは、周囲に堀をめぐらせた集落(ムラ)のこと。
水稲農耕とともに大陸からもたらされた新しい集落の境界施設と考えられている。
水堀をめぐらせた場合に環濠と書き、空堀をめぐらせた場合に環壕と書いて区別することがある。
「環濠」と「環壕」のルーツはそれぞれ、長江中流域と南モンゴル(興隆窪文化)であると考えられており、
日本列島では、弥生時代と中世にかけて各地で作られた。
環濠集落には、防御と拠点という特色がみられる。
断面が深くV字形に掘削された環濠やその周辺に逆茂木(さかもぎ)と称されるような
先を尖らせた杭を埋め込んでいる様子から集落の防御的性格があったことが窺える。
また、大規模な集落については、長期間継続し、人口も集住し、周辺に小集落が存在し、
首長の居宅や祭祀用の大型掘っ立て柱建物があり、金属器生産が行われ、遠隔地との交流物品が出土することなどから、
政治的・経済的集落であり、拠点的集落という性格を有すると考えられる。
倭国における王権形成期とされる弥生時代中期には防御的性格を強め、
高地性集落とともに、王権形成過程の軍事的動向を反映していると考えられている。
王権形成が進み古墳時代に入ると、首長層は共同体の
外部に居館を置くようになり、環濠集落は次第に解体される。
(Wikipediaより)
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)
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