古/いにしえの面影       其の一阡参百六
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2017年02月26日 土曜日
アップ日  2017年03月09日 木曜日
徳島県鳴門市撫養町Ⅱ(撫養街道)市杵島神社

ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

撫養町(むやちょう)は、かつて徳島県板野郡にあった町。
現在の鳴門市撫養町(黒崎・斎田・南浜・木津・大桑島・小桑島
・岡崎・弁財天・北浜・林崎・立岩)。古くより鳴門の中心的市街地。
1889年の町村制実施時に徳島県内で「町」だった
2つの自治体のひとつ(もうひとつは脇町)。
近畿と交通の便がよかったことから奈良時代・平安時代から開けていた。
天平5年(733)完成の風土記のものとされる逸文に
「むや」の記述があり、これが史料として最も古い。
『土佐日記』には「牟野 (むや) 」とされている。
室町時代には三好氏の城下町だったが、天正13年 (1585) に蜂須賀家政が
阿波九城の一つ岡崎城(撫養城)を築いてから淡路渡海の押えの地として特に発展した。
江戸時代は「斎田塩」の製塩業、塩・藍などの積み出し港として栄えた。
四国の門戸として、日本各地から廻船が集まり、全国でも有数の港町だったが、
港口付近に暗礁が多く、大型船の航行に支障があったため、
昭和に入ると次第に港町としての機能は衰えていった。
(Wikipediaより)


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渡船場は撫養川大橋の横~

※撫養町岡崎の旧村へ~



※路地をゴソゴソと~

本瓦家屋
ありゃ~

※井上味噌醤油さん

気を取り直して~
旧撫養街道と思われる道路へ~
岡崎海岸は向かって右側約200m!



ニャンコが~

※ん?昔の宿屋サン?

雨戸が壊れて
手摺が見えます。

※妙見山(撫養城)左に見て
山裾を走っています。

現役?
旅館看板



市杵島神社サン

※扁額

お百度石

※多くの玉垣も~

手水鉢

※瓢箪ですかね?

境内公園
遊具は板が朽ちて~

こんな感じで~

※ジャングルジムも~

拝殿舎正面

※社務所

平たい顔の狛犬


※吽

社紋
蔓柏紋

※蘇鉄の実
朱く赤く~
これも好きです!

拝殿舎前の扁額
内部の天井は氏子の家紋

※人の思いは~

木鼻は獅子



小高い境内の塚のような所に
老木が~
神の名入り石柱も有ります。

街道?挟んで妙見山の西側に位置します。

※境内摂社も~

見返れば~

※四脚鳥居

南方向へ~

妙見山公園入口

開運 妙見神社サン
うー今度にします。。



肥料商琺瑯看板
電話壱番

※行きしなに取った場所です。

此処も行きしなに~
本瓦と大きめな格子と

※手摺付き家屋も~

ねっ!

※見返って~

おっ!
瓶入りコーラ自動販売機
昔、GSに横型が有りましたね。

※ノコギリ影

お洒落な意匠欄干
城見橋

※川沿いにはウッドデッキ

城見橋の由来~

※来た橋~

帰りの橋

※鳴門市役所
横目に~
やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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