古/いにしえの面影       其の一阡参百三
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2017年02月26日 土曜日
アップ日  2017年03月08日 水曜日
徳島県鳴門市鳴門町三ツ石~土佐泊浦

ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

【撫養塩田】より
播州,淡路あるいは当国内からの移住者の手によって塩田の開発がすすみ,
1644年(正保1)までに
立岩,弁財天,北浜,南浜,斎田,大桑島,小桑島,黒崎,三ッ石,高島,明神,小島田の,
いわゆる撫養12ヵ村(塩方12ヵ村)の塩村が成立した。
そして,これら12ヵ村で生産される塩は,すべて斎田塩(さいだじお)と称された。
のち,同塩の名声が高まとともに,各地に同名を称するものができたので,
それと区別するため本斎田塩とも称した
(コトバンクより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

高島と大毛島との
海峡ですかね?

※高島と大毛島の塩を撫養まで運んだ
港でも有ったんですと~

塩田跡は見当たらない~

※小鳴門橋潜って
土佐泊浦へ~

手前の青い橋が
神戸淡路鳴門自動車道
撫養橋
奥の赤いのが小鳴門橋
確か昔は有料でしたわ。

※ 対岸に妙見山
城郭も~

小鳴門橋(こなるとばし、英語: Konarutobashi BRDG.)は、
小鳴門海峡に架かる全長441.4m・最大径間160m・幅員7m(2車線)・高さ23.5mの
吊り橋である。主塔が3組の4径間吊り橋という珍しい形式である。
中央の主塔は海峡中の鍋島に設けられ、横から見るとAの字形をしている。
神戸・鳴門ルートの実現をPRする目的で、また鳴門公園へ至る観光道路として
計画された当橋梁は、1959年11月に起工し、1961年7月に開通した。
まだ本州と四国を結ぶ本州四国連絡橋の実現性が疑問視されていた時に、
徳島県単独で橋を架けたという実績は、国に対するアピールとなった。
開通式には、本四架橋や神戸市のまちづくりに尽力したことで有名な
原口忠次郎(当時の神戸市長)も訪れた。
総工費は約3億4千万円で、そのための資金を関西電力および四国電力が
徳島県に貸し出したとのことである。これを返還するために当初は
有料道路の形で供用されていたが、1977年に無料開放された。
(Wikipediaより)


※徳岡造船
軽自動車を駐車する場所が無くて
通過してしまった~
もう一度、渡し船などに乗って
訪れたいなぁ~

向こうに小鳴門大橋
手前にボートレース鳴門
やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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