古/いにしえの面影       其の一阡参百九拾八
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2017年04月14日 金曜日
アップ日  2019年03月13日 水曜日
大阪府大阪市西淀川区大和田(住吉神社 判官松)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
春爛漫、エエ天気に誘われて~

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

阪神高速3号神戸線高架が
覆いかぶさって~

※神崎川沿いに~


※

背の高い堤防

※海抜0m地区と伺いましたが~

旧村の名残

※

なにわ自転車道

※大阪市旭区、城東貨物線沿いの淀川左岸地点をスタート、線路脇の赤川仮橋を渡り、
淀川右岸を上流(京都方面)へ進む。
神崎川分流地点手前の南江口3丁目を左折、神崎川左岸を下る。
そのまま川沿いに進んでいくが、いくつもの鉄道のガードをくぐる。
東海道新幹線、阪急京都本線、同千里線、城東貨物線、JR東海道本線、
大阪市高速電気軌道御堂筋線(新御堂筋沿い)、阪急宝塚本線、同神戸本線、
山陽新幹線、JR東海道本線、阪神本線を次々とくぐり抜け、
阪神なんば線出来島駅付近がゴールとなる。
東淀川区・淀川区内の神崎川沿いでは、河川敷を車止めもなくノンストップで走れる。
西淀川区内では、神崎川は高いコンクリート壁に囲まれており、川面が見えない。
また、国道2号線などとは平面交差となっており、信号がある。

起点の赤川鉄橋の旭区側で北大阪周遊自転車道に接続する。
また終点の阪神出来島駅付近より新淀川河口の福漁港まで西島川自転車・歩行者道路に接続している。
福漁港付近は、大阪市によって整備された歩行者・自転車専用道である大野川緑陰道路の終点であり、
西島川自転車道を介してなにわ自転車道と大野川緑陰道路が繋がっている。
なお、東淀川区内の区間は東淀川区境を3/4周するルートとなるので、
赤川鉄橋から同区西淡路までは一般道路を走るのに比べて迂回ルートになる。
(Wikipediaより)


大和田北公園

※桜が満開!

住吉神社サン

※扁額

本殿舎脇から~

※遺族会碑
新しいのは供出したからでしょうか?
遥拝所も~

境内摂社

※

丸金社紋
金比羅社でしょうか?

※

参道鳥居

※大阪市漁業組合大和田支部
佃、大和田村の両村において、慶長年間(1596年~)において徳川家康が
摂津多田神社へ参詣の際、船で神崎川の渡しなどを行った功により
江戸城への魚献上を務めることとなる。
(この役の為その後全国規模での漁業特権を獲得する)(中略)
明治19年大阪府では農商務令に基づく漁業組合準則による漁業組合の組織を奨励しましたが、
市内では設立はなく、その後明治28年に大阪港湾漁業組合が設立されましたが長くは続かず、
程なく解散してしまいます。
明治33年に至って「大阪漁業組合」が設立されました。
この「大阪漁業組合」は、旧大阪市内のみにならず、西成郡の千船村(現在の千船町・大野町)
・ひめ(のぎへんに卑)島村・歌島村・福村・伝法村・勝間村・小浜村・津守村及び
東成郡の墨江村・敷津村など、一市十カ村を包括する広範囲な組織となります。
しかし、広範囲であるがゆえに却って円滑な運営を期し難く、
翌34年の漁業法が制定されたのを機会に解散してしまいます。
これに代わって「大阪市漁業組合(現在の出崎地区が中心)」「千船漁業組合」「福村漁業組合」の
三組合が設立されました。
昭和6年、この西成郡地区もすでに大阪市域となっていることから三組合が合併して
「大阪市漁業組合」となり、その後昭和13年に「保証責任大阪市漁業組合」となり、
18年には団体統合の法令公布により「大阪市漁業会」となって、
生産・販売の一元的統制業務を行いました。
そして終戦後、昭和24年に水産業協同組合法に基づいて「大阪市漁業協同組合」が設立され今日に至ります。
(大阪市漁業協同組合HPより)

漁獲種は、ヤマトシジミ(べっこうしじみ)、シラス、イカナゴ、スズキ、ボラ、アジ、他
(大阪市漁業協同組合HPより)

 
※漁業種別
シジミ鋤簾(じょれん)漁、桁曳漁、船曳網、刺し網、定置網
(大阪市漁業協同組合HPより)



※

波紋

※

ハナモモ

※手水鉢

拝殿舎正面

※石垣の上の玉垣

漁師町なんですね。

※

海川魚商

※

はまきよみ うらうるはしみ かむよより ちふねのはつる おほわだのはま

※判官松の碑
源平合戦の文治(ぶんじ)元年(1185)
屋島へ向けて暴風の中を船出した源義経は、波浪のため当地へ押し流されたという。
そこで、当地の住吉大明神に海上平安を祈願したところ、嵐もやみ無事渡航に成功、
平氏を討つことができた。
その時記念に植えたと伝えられる松が、明治10年落雷で焼矢するまで繁茂していた。
その伝承地である。
(大阪市HPより)


はまきよみ うらうるはしみ かむよより ちふねのはつる おほわだのはま 碑

※

判官松の碑

※大和四青年団

神木
楠跡碑

※新千舟橋親柱
昭和3年から「新千舟橋」として復活 (現、鶴見緑地公園内の篠掛橋)
(心斎橋筋北商店街HPより)

 
資料写真:鶴見緑地

※心斎橋に架けられた当時は
日本で5番目の鉄橋だったとか~
5度目の奉公!ガンバです。。

手水舎
八幡宮の銘が~

※

新旧狛犬
阿

※吽

阿

※吽

 稲荷社

眷属 狐

※

百度石

※手水鉢
龍
やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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